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明日への視角

不況脱出のリスク負担とゼロ金利―「恐慌論」の教え―

大内 秀明(生活研顧問 東北大学名誉教授)

 日銀の量的金融緩和の解除が決まったが、ゼロ金利は当面継続である。その中で、大手銀行グループの過去最高益が注目されている。「銀行はほぼゼロのコストで資金を調達でき、モラルハザードを起こしている」との批判もある。
  90年代、バブル崩壊と同時に日銀の公定歩合が急低下、95年0.5%、01年ゼロ金利、それに量的緩和が加わった。史上類例のない異常な金融政策の歴史的意味を問いたい。
  (1)まず、東京発「世界金融恐慌」の回避が至上命題だった。バブル崩壊で企業の利益率は低下、「資本過剰」が激化した。借入れ返済など後向きの資金需要が急増、金融の市場原理からすれば、金利上昇は不可避だった。利潤率低下と利子率上昇、まさに「恐慌の必然性」だ。
しかし、恐慌の必然性は政治的に回避、その政策手段こそゼロ金利に近い超低金利だ。少しでも利子さえ払えば不良債権が正常債権とみなされ、隠蔽されてしまう。同時に、赤字企業も温存された。結局は公的資金導入で処理されることになる。
  (2)不良債権の温存と赤字不良企業により不況が長期化、税収は落ち込む。公的資金導入など不況対策の強化は、赤字公債の増発となった。ゼロ金利は麻薬のように財政を蝕み、安易な赤字公債発行をゆるす。隠れ借金を入れればいまや1,000兆円といわれる公的債務残高の処理も、結局は増税など納税者へ転嫁されざるをえない。
  (3)ゼロ金利は、仮空資本である株価も狂わせる。例えば、現実資本100万円で10%の利益10万円、それが超低金利0.1%で資本還元されるなら、1億円の仮空資本の時価に膨れ上がる。「時価総額」至上主義のホリエモン商法が生まれ、バブル再燃によるインフレである。
  「日はまた昇る」日本経済、春闘にも薄日が差す。しかし、不況脱出のリスク負担は、どこの誰か。「93年からの10年間で払われるべきだった国民の利子所得は154兆円」(日銀総裁)。91年から04年だと304兆円との試算もある。それだけではない。赤字公債処理のための税負担、バブル再燃によるインフレ物価上昇など、預金者・納税者、そして「生活者」こそ、リスク負担の真の犠牲者ではないか。金融恐慌を政治的に回避したツケの所在を、「恐慌論」が教えている。

生活経済政策2006年4月号掲載