小泉改革の罪―消える、生命愛しむ心―
阿部 知子(社民党政審会長・生活研理事)
早々と国会を閉会させ、米国でナイアガラ瀑布やエルビスプレスリーの生家を訪問して大はしゃぎの小泉首相、「改革者」として何を変えたのか、何を壊したのかと問われれば、一も二もなく「心のセイフティーネット」(人間社会の安心と安全)だと私は答える。
もちろん米国一辺倒で、近隣アジア諸国(とりわけ中国や朝鮮半島)との友好的関係を軽視し、イスラム諸国との軋轢を高めた外交の罪を第一に挙げる向きもあるだろうが、それとて表層に思える。国内の社会規範がしっかり守られ、人心が安定していれば、国際関係の修復は近い将来可能となることもあるだろう。
逆に一度社会の価値規範が崩壊すると、その社会自体の活力はもちろんのこと、未来そのものが閉ざされて、社会としても国としても破滅に向かうのではないだろうか。
最近高校生や「引きこもり」と呼ばれる若者による親殺しの事件が相次ぎ、しかし誰もがその真の原因や社会背景に口をつぐんで、ただただ立ちすくんでいる。また若者を矯正するための塾と称する場で、宿泊中の若者が殺されていく。絶えることのない幼子殺しや児童虐待にも誰も根本的な処方箋を提示しない。幼い・弱い・小さい子ども達は間違いなくこの社会のあり様によって殺されているのに。
誰の心も安心できず、人が人を信頼する力を失い、若者は未来を想像する気力すらない社会が小泉政権五年の中で坂を転がり落ちるように進んでいった。労働法制の規制緩和、年金・医療・介護等の相次ぐ社会保障の切り捨て、自己責任への転嫁、煽られる世代間対立と弱者への攻撃等々、それらは小泉首相の限りなく憧れる米国本国をしのぐ勢いで歯止めなく広がっている。自民党の次期総裁候補が再チャレンジを標榜しても、既に格差は幼児をも巻き込んで、貧困は次世代へと確実に継承されている現在の日本社会を引き戻すことは出来ない。かつて英国のブレアが颯爽と掲げたスローガン、「教育、教育、教育」は罪なき幼子を救う道でもあった。
少子高齢社会とは柔らかで温かな生命を心底抱きしめて愛しむ心によって支えられる。
小泉改革の顛末を反面教師として新しい時代と社会を構築する政策をつくりたい。
(生活経済政策2006年8月号掲載)