市民社会の活性化
坪郷 實(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
市民社会という言葉は歴史の産物であり、グローバル化の中で、グローバル市民社会という言葉も使われる。近年、市民社会論が隆盛である契機の一つは、旧東ドイツを含む東欧諸国における民主化の担い手として自由と自治を求める市民が登場したことにある。
これがインパクトになり、民主主義の新たな展開のために、市民社会についての議論が活発に行われている。ドイツの歴史家ユルゲン・コッカ(「歴史的観点からの市民社会」2004)によれば、市民社会は、政府や政治行動、市場の活動、私生活の営みから区別される、多元的で、非暴力で平和的に行動する、公共の福祉に従事する特定のタイプの「社会行動」(市民活動)である。さらに、市民社会は、現状批判つまり抑圧や不平等への批判、社会の断片化・コミュニティの衰退への対抗として形成される。それは公正・連帯を目標とする新たな社会構想の一部をなしている。
日本においても1990年代以後、市民活動が活発になったのは、従来の政府部門や市場部門のみでは、問題解決が困難になっているからである。この間、市民社会が注目されるのは、益々複雑になる都市型社会におけるニーズの発見は、生活感覚のある市民でなければできないからである。移送サービス、バリアー・フリーのまち、子育てやこども相談など、個人では解決できないニーズに直面した時、市民活動が活発になる。市民活動によってニーズ選択を行い、政策提言を行う動きが、政治の出発点である。市民活動が活発であることが、民主主義の活性化の源である。しかし、市民社会は「万能薬」ではない。
他方、政府の役割は決して軽くなるわけではない、「市民社会、市場、政府の間の新しいバランス」を形成するという重要な役割がある。現在、格差の拡大、貧困の固定化が言われるように、政府の役割として、社会保障のセーフティネットを張り替えるとともに、職業訓練や再教育を含む教育面での機会均等の保障が重要である。このために、政策をめぐって討議を積み重ね、討議を通じて合意を形成する討議民主主義の活性化が重要である。その担い手である政党は、市民活動による政策提言を吸収するために、政策課題に取り組む市民活動のネットワークと連携するネットワーク型組織を目指すことが必要である。
(生活経済政策2006年11月号掲載)