まともな思考をまともな政策に
大沢真理(東京大学社会科学研究所教授)
8月初旬に公表された今年度の労働経済白書、経済財政白書については、本誌9月号巻末の「編集委員会から」が、「少しまともな思考を取り戻そうという気運が出始めた」と言及した。私にとっては経済財政白書がより読み応えがあった。
同白書は第1章で、“いざなぎ越え”といわれても実感が伴わない景気回復について分析する。すなわち、企業部門では収益性が高まり、キャッシュフローも潤沢で、株主への配当や役員給与が増したのに、従業員の給与は横ばいである。家計部門では、所得が増えず消費に勢いがない。雇用者が増え、労働需給に「引き締まり」が見られても、06年に横ばいだった現金給与総額が、07年前半には低下するなど、賃金は伸び悩んでいるからだ。
06年中の所定内給与の増減の要因分析について、マスメディアでは、フルタイム労働者の所定内給与の低下が大きく、パート増加の影響は小さい、といった見出しで紹介された。しかし、白書を丁寧に読むと、フルタイム労働者の所定内給与が低下したことによる影響は、06年10-12月こそ大きかったものの、06年初から07年1-3月を見通すと、パートの比率が増え、パートの所定内賃金も低下気味であることが、影響したと分かる。
しかも、週に35時間以上就業する「フルタイム」雇用者に絞って内訳を見ると、そこでも非正規雇用の比率が高まったことが、全体の所定内給与を引き下げているという。高賃金の「団塊」世代が60歳に到達し始め、退職したり再雇用で低賃金になったりしたことも、全体の賃金を若干押し下げたと分析される。
ようするに正規と非正規の格差、フルタイムとパートの格差は縮小せず、パート・非正規が増加していることが、家計部門の所得を押し下げ、景気回復を低迷させている。このようなことは、“まともな”論者が繰り返し指摘してきたが、政府も認めざるを得なくなったのだ。白書は終盤で経済成長と格差の関係を取り上げ、格差の拡大にたいして諸外国では、税と社会保障を組み合わせて所得再分配機能を強めていると紹介する。日本では「再チャレンジ支援」や「成長力底上げ戦略」で対応しているというのだが、有権者が納得していないことは参院選挙で明白になった。
やはりトップが交代しなければ、“まともな思考”も政策に結びつくことはできないのである。
(生活経済政策2007年10月号掲載 )