「アメリカにノーと言う」
砂田一郎(学習院大学前教授)
新たな給油支援特措法が衆議院で再議決され、海上自衛隊のインド洋での米艦艇への燃料補給が再開された。旧テロ対策特措法の昨年11月の期限切れ前からこの海上給油活動の是非をめぐって政府と野党との間で半年余り続いた論争は、わが国の国際貢献のあり方や「ねじれ国会」での立法の手法など、多くの争点を国民に示し考えさせてくれた。
日米関係の視点からすると、今回の給油問題がもたらした一つの意義は、こと防衛・安全保障の分野で日本が一定期間であるにせよ米国政府の給油継続の要求を拒否したことである。さらにわが国の統治機構を構成する参議院が米側の給油再開の求めに公式のノーの意思表示をしたことの意味は大きい。もちろんそれは衆議院での再議決で直ちに無効化されたのだが。わが国の防衛問題での協力を当然視してきたアメリカの政策決定者たちも、これで日本側の異議に真剣に向き合う必要を認識したはずだ。このアメリカに対する久々のノーは、ブッシュ政権の理不尽な対外政策に追従する歴代自民党政権の外交姿勢にうんざりしていた国民の多くにとっても、精神的な息抜きとなった。
では福田内閣が旧特措法の期限切れ前から主張していたように、給油が停止されて日米関係に悪影響が出たであろうか。それ以後三ヶ月近くインド洋での米艦艇は給油を自前で行い、それで反テロ作戦に支障が出たとは伝えられていない。ブッシュ政権は失望を表明したが民主党が支配する議会は特に何の反応も示さず、日本の給油停止がアメリカの大きな政治問題となることはなかった。もちろんだからといって仮にわが国が給油を止めたまま反テロ国際行動に何も協力しなかったとすれば、アメリカはもとより国際社会からも厳しい批判を浴びることになっただろう。今回は当面給油を再開することで問題を先送りしたが、民主党の給油の代案にもあったように国際テロを防ぐためのわが国独自の国際貢献を提案し実行していくことが今後の必須の課題である。
結局日米の同盟関係は良かれ悪しかれ、給油問題の軋轢ぐらいでは揺るがないほど強固なものだった。アメリカは超大国で彼我の差は大きいが、同時に日米両国は経済的に互恵的であり安全保障の面でもお互いを必要としている。わが国が長く続けてきた対米追従の姿勢を転換し、自国の原則と利益とに基づいて主張すべきことは主張する時代が始まったといえよう。
(生活経済政策2008年3月号掲載)