内なるジェンダー・バイアスに気づく
浅倉 むつ子(早稲田大学教授・生活研理事)
大切な友人の一人である大沢真理さん(新所長)とのご縁で、このたび生活研の理事を拝命した。不勉強の身だからと躊躇したあげく、気の弱さがたたってこうなった。ともあれ、私が今後の生活研の活動にいささかでも貢献できるとすれば、法律(労働法、ジェンダー法)が専門であること、女性であること、この二つがポイントらしい。
そこで、この二つに関わる経験を、自己紹介がてらお話ししたい。私は、2004年に全国的にスタートした法科大学院(ロースクール)で教えている。「国民のための司法」をうたい文句とした「司法改革」の現状には賛否両論があるとはいえ、司法試験制度が変わり、裁判員制度がスタートし、法テラスが設置される等、法の世界には、かつて経験したことのない大規模な変化が起きている。「ジェンダーと法」という非主流の法律学が正規の授業としてかなりの法科大学院で開講されたことも、「誰もが身近に法にアクセスできること」をめざす司法改革の理念の反映といえよう。
法科大学院には法律実務家の教員も多い。今年度は、実務家の二人の先生と一緒に講義を担当してみた。感心したのは、この先生方の授業におけるコミュニケーション能力の高さである。これはとくに、ジェンダーに関わる授業では、重要な資質となる。なぜなら、ジェンダー関連の話題になると、自分が責められるように思うのか、「苦手」「怖い」「嫌い」という先入観で身構えてしまい、もっとも大切な「内なるジェンダー・バイアスに気づくこと」ができずに終わってしまう学生が、中にはいるからだ。これでは、たとえ知識が増え、単位をとったとしても、多様な人々の権利に敏感な新しい法曹を世の中に送り出すという法科大学院としての責務を果たしたことにはならない。
これに対して、実務家の先生方は、この社会では教員も含め誰もがジェンダー・バイアスの持ち主であることを前提にしつつ、講義の中で、それらに「気づく」試みを多彩な手法を通じてやってみせる。ミニ・ロールプレイ、ディベート、意見発表などなど。90分の講義の中で、自分の感覚と率直に向き合う経験ができた学生は、「知識の量ではなく自ら考える機会を大切にする講義により、視点を変えて物事を見るようになった」という感想をくれた。自ら「気づく」経験をしたこのような学生たちが、一人でも多く法曹になって欲しいものだ。
(生活経済政策2009年9月号掲載)