景気後退とメディアと民主主義
井内 啓二(NHK労連事務局長)
世界的な不況と景気後退により、日本の広告費(2008年度)は6兆6,926億円で、前年比で95.3%となった。媒体別では、新聞が87.5%、雑誌が88.9%、ラジオが92.7%、テレビが95.6%となっており、新聞とテレビは4年連続して前年実績を下回っている。
広告費の減少は世界的な傾向で、その影響でメディア経営は厳しく、米国では「シカゴ・トリビューン」など新聞数社が破産を申請している。日本でも、地方紙が相次いで夕刊を廃止し、ある地方紙の新聞記者はビデオカメラを持って取材に出かけ、ウェブ上で情報を発信し、読者の引き戻しに努力している。また、毎日新聞が共同通信社から国内ニュースの配信を受けるのも、経営不振の打開策と言われている。
放送局も同じ状況で、アメリカの4大ネットワークは収入が減り、番組制作費の削減をすすめている。日本の民放も制作費が締め付けられ、その影響で下請けの制作プロダクションが経営危機に追い込まれている。イギリスの公共放送BBCは厳しい財政状況を克服するためポスト削減などにより経費を圧縮しているし、NHKも2009年度の受信料収入の予算達成は厳しい見込みである。
こうした状況から生まれる問題は2つある。一つは雇用問題。これは不況時にはどの産業でも共通する問題だが、メディア労働者の場合、社会に情報を発信する立場であることから個人の問題だけにとどまらない。雇用への不安からジャーナリストとしてのモラルダウンを引き起こし、より刺激的な表現や受け入れられやすいテーマなど、ジャーナリズムの質の低下を招く危険がある。
もう一つは、情報の多様性が失われることである。不況は、フリーのジャーナリストの仕事も減らしている。経営状態が悪いマスメディアが、アフリカや中東の問題を切り捨てているからである。情報が少なく、画一的になることは民主主義を危うくする。多角的な視点と多様性をもった情報が発信されることによって、市民のメディアリテラシーは有効に作用し、判断ができるようになる。
メディアは、民主主義を維持するために情報を市民に提供する。そして、その役割を果たすためには自主自立が確保される堅実健全な経営基盤でなければいけない。広告収入など景気に左右されやすい従前の財源確保の手段について、視聴者・読者の既存メディア離れの傾向と合わせて見直すべき時がきている。
(生活経済政策2010年2月号掲載)