重税国家のすすめ
馬場宏二(東京大学名誉教授)
今必要な政策は重税国家化である。国債累積を防ぐためだけではない。高福祉高負担に憧れているわけでもない。もっと基本的な、租税国家意識を強める効果があるためである。
税金はお上が勝手に取り上げる年貢ではない。納税者が拠出を認め、負担の公平と税金の使途を監視するために、議会が必要となり選挙が行なわれる。買収や義理人情投票や一票格差やタレント候補の集票や特定集団のゴリ押しが許されないのはそのためである。増税で各人が、国や都道府県や市町村からいくら受益しいくら貢献しているかを改めて自覚しただけで、選挙や政治は透明になる。国や市町村は何故必要か。各人の私的生活の他に、それを外側から支え維持し秩序づける社会的生活が必要である。国防・治安・行政・公衆衛生・家計扶助・文化・教育…。これら、私人が担いきれない業務を担う国や市町村は、通常そのための十分な財産を持たないから、納税者達が約束に従って拠出する金で賄う。源泉徴収残の可処分所得だけを自分の所得と考えたり、逆に国が無限に金を持っていて政治はそれを好き勝手にバラ撒けるなどと間違えてはいけない。税を払うのが嫌だからと言って、「ダメなものはダメ」だけで頑張ると、社会生活の方が壊れるか、別の人や別の形で払わされる。
日本ではこの租税国家をきちんと教えてないから、年金世代の親の懐をアテにしているくせに、俺の世代は社会年金制度で損をしているなどと嘯く若者が出たり、義務教育はタダだと錯覚して、子供の給食費を払わなくとも良いと考える不届きな親が出てくる。増税は、人々がこうした社会生活を捉え直す機会になる。
重税が経済成長を引き下げるなどの非難は論外である。グローバリズム下の規制解除と減税が、金融破綻と大型不況を引き起こしたのはつい先頃ではないか。それに、今の形の経済成長が続けば、温暖化が代表する地球環境破壊はなお不可避になる。日本のように供給余力に乏しい国で需要拡大策を採れば、経済はまた混乱する。アメリカや中国のような汚染源大国を引き摺って、成長停止の世界的公準を造り出すことが、日本の歴史的使命であり、環境回復を国是にしてこそ、社会の根本的解体が回避される。
(生活経済政策2010年7月号掲載)