雇用創出は「生きやすさ」づくり
竹信三恵子(朝日新聞編集委員兼論説委員)
「労働運動も大事だが、そもそも労働運動しようにも仕事がない」。そんなぼやきを、あちこちで聞くようになった。2002年から08年秋の金融危機までは、企業の好業績を受け、働き手への分配が大きなテーマになった。しかしいま、企業の廃業率は開業率を上回り、働き手の居場所となる企業数そのものの減少が、私たちにのしかかりつつある。
その打開策を求めて、6月下旬まで、朝日新聞で「私の雇用創出作戦」というインタビュー連載を担当した。
仕事づくりというと、「成長分野での起業」がしばしば語られる。これはもちろん必要なことだ。しかし、慶応大学の樋口美雄教授や北海道大学の宮本太郎教授、内閣府参与の湯浅誠さんなど、雇用に取り組む人々の話を聞くうちに、どうやら、より基礎的な課題があることが見えてきた。
それは、まず「人が集まる場所」づくりだ。さらに、そのために、「人を集めることのできる人材」の育成だ。とにかく人々が集まり、それは面白い! となり、やってみようか、と盛り上がり、そこで初めて会社起こしやNPO立ち上げが始まる。
そんな迂遠な方法より成長が大切、と主張しているかのようにみえる論者も、よく聞いてみると、基本はやはり「人」だ。
たとえば、「観光産業の拡大がおのずと雇用を産む」とする溝畑宏・観光庁長官も、休暇を分散して観光産業に平準化して人を呼び込み、安定した雇用が生まれる状況をつくることを提案した。つまりは「人が休みたいときに休める仕組み」だ。「起業の必要性」を説く岡村正・日商会頭も、会社を起こしたい人が安心してトライできるような「失敗してもやり直しが許される文化風土」を提唱する。つまりは、「社会の包容力と人の安心感」の重要性だ。
この20年、長時間労働や結果だけを問う「効率経営」なるものの中で、私たちはこうした、人が人であるための支えを削られ続けてきたのではなかったか。雇用創出とは、そんな「生きやすさ」の再建ではないのか。一見、堅そうな「雇用問題」の向こうに、私たちの社会の生きにくさが透けて見えてくる。
(生活経済政策2010年8月号掲載)