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明日への視角

勇み肌

野村 正實(東北大学大学院経済学研究科教授)

 その昔、労働運動がマスコミに大きく報道されていた高度成長期に、「箱根左派」という労働運動用語があった。箱根のホテルでの中央執行委員会や代議員大会では戦闘的な発言をし、東京の単組に戻ってくるとそうした発言をすっかり忘れてしまう組合役員を揶揄した言葉である。今では箱根に出かけても勇ましい発言をする役員がいなくなってしまい、この言葉は死語となっている。
  しかし、「箱根左派」的な現象がなくなってしまったわけではない。単組の役員は現実的な発言・行動に終始し、地域組織や産別の役員はだいぶ労働組合らしい発言や行動をするようになり、単組からもっとも遠い連合の役員は労働組合としてまっとうな発言をおこなう。当然のこととして、連合の政策が労働組合として一番きちんとしており、産別の政策は腰が引けたものになり、単組レベルになると連合の政策は神棚に祭り上げられる。
  こうした現実を、私は「連合左派」と揶揄する気はない。企業内組合は役員も一般組合員もその会社の従業員であり、会社組織の一部である。現実的になるのは当然である。しかし現実的であることが現状追随を意味するならば、それは組合としての堕落であろう。企業内組合は管理職を含んでいない。その限りでは、「働くものの組織」といってよい。その立場から会社をより良いものに変えてゆくのが企業内組合の任務である。現実的でありながら現状追随的ではない企業内組合となるためには、リーダーの指導力と判断力に加えて、志が不可欠である。
  今からおよそ110年前、ジャーナリスト横山源之助は労働者に、「勇み肌」を養え、と呼びかけた。労働者が現状を変えようとしないことに義憤を覚えてそう呼びかけた。横山の言う「勇み肌」とは「義を見て辞せざる勇気、難を聞きて赴く徳義心」である。私は、「勇み肌」が組合運動の原点だと考えている。今日、企業内組合の役員は「勇み肌」を示しているであろうか。企業内組合の存在感がきわめて薄くなってしまった原因はいくつも列挙できるであろうが、組合活動の基本が役員・活動家の志にあることが忘れられているのではないだろうか。

生活経済政策2010年9月号掲載