雇用改革の行方
中野 麻美(弁護士)
景気の回復が雇用や労働条件の改善には結びつかなくなって、正規雇用の削減と非正規雇用の導入拡大が急速にすすんだ。そして、税や社会保障制度の所得再配分機能不全とあいまって雇用格差と貧困の蔓延が深刻を極めていたところに東日本大震災が襲った。その傷口から見えてくるものは、何かあればいとも容易に生活が奪われてしまう、労働者にとってライフラインともいえる雇用の破綻である。
OECD対日経済審査報告書(2011年版)は、正規雇用に対する保護を緩和して非正規雇用との格差を縮小し、正規雇用への誘導を図るよう提言してきたが、「非正規雇用のビジョンに関する懇談会」(厚生労働省)は、非正規雇用を、失業の解消と正規雇用への橋渡しのツールと位置づけ、待遇改善と結びつける構想を打ち出した。「典型的な正社員」に対し、「多様な正社員」を非正規から正規への転換を促す受け皿とすることを提言するに至った。
非正規雇用とは、「短時間」「有期」「間接雇用」の一つまたは複数の組み合わせによっており、それが賃金コストの削減と雇用の不安定化・弾力化、労働の買い叩きを可能とし、ただでさえ非対称的な労使の力関係をさらに大きくしてしまう。生活の自立には、死ぬほど長時間働き、ハラスメントや不合理な差別など人権侵害を受けても「痛み」を感じる心を捨てて機械のように働かなければならない。
まずは、そうしたリスクが構造化された有期・間接雇用を例外化し、一線をこえたときには期間の定めのない直接雇用と見なすこと、前記非正規雇用を構成する要素を理由とする差別の徹底した排除と均等待遇を確保する必要がある。労働者の生活へのニーズ(ワークライフバランス)を賃金等待遇とトレードオフとする仕組み(=その根底にある日本型雇用慣行のネガティブな側面、すなわち労働契約関係に取り込まれた企業の裁量と労働者の包括無定量な従属関係)の改革も重要である。
前記のビジョンや有期雇用法制の内容では、雇用の原則が明確でない。労働者の多様な選択を保障し正規雇用への登用に道を開くといいながら、結局、企業の採用・登用を通じて労働者の選別を強め、正規・非正規どちらの形態にも新しい格差と競争を持ち込むことにもなりかねない。総合的視野から、人間のライフラインとしての雇用の立て直しが問われている。
(生活経済政策2012年4月号掲載)