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明日への視角

新たな想像力が求められる時代

内山 節(哲学者・立教大学教授)

 かつての人々は、確実なものを構築しながら自分たちの生存世界をつくって暮らしていた。たとえばそれは農民の生き方のようなもので、農地や村や家族を構築しながら、そこに確実な生の世界をみいだした。それは商人や職人たちでも変わることはなかった。
 ところが、資本主義の時代になると、イノベーションという言葉が象徴しているように、すべては変化し淘汰されるなかで展開していることを人間たちは知るようになる。
 だが、人間たちの精神の習慣はそう簡単には変わらなかった。だから何となく人々は近代に入っても、確実なものを構築しながら生きる生き方をつづけることになる。家族をもつことも確実なものの構築だと感じられた。マイホームをもつことも、そこに家財道具をそろえることも、そしてそもそもどこかに勤めること自体が人々にとっては確実なものの構築だったのである。企業活動も確実な企業の構築としてとらえられた。
 しかし、近代以降の構築物が虚構にすぎないことを認識せざるをえなくなってきたのが、今日の状況である。雇用されることが確実なものの構築ではないばかりか、企業自身も確実な構築物ではないことが次第に明白になってきた。さらに家族も国家の役割も、不安定なものになってきている。
 そもそも近代・現代とは、そのような時代だったのである。それを私たちは錯覚していたにすぎない。だがこの錯覚を承認することは、人間たちを不安に陥れる。確実なものがどこにも存在しない不安定な状況のなかに自分たちがいることを認めるのは、安定性の喪失だからである。

 これから私たちは、もう一度確実なものを構築しながら暮らす生き方をみつけださなければならないだろう。資本主義的な市場経済という不安定なものに身を任せきるのではない労働や消費のあり方という意味でも、自然や人間との結びつきを構築しなおすという意味でも。これまでの惰性を振り切って、それらをみつけだす想像力と行動が求められている時代、それが今日である。

生活経済政策2012年5月号掲載