これも「ナチスに学んだ」のか
大沢 真理(東京大学社会科学研究所教授)
2014年12月の総選挙において、アベノミクスが正規雇用者を増やしたのか減らしたのかが論点になり、賃金の動向とともに話題になった。安倍首相は「100万人の雇用をつくり、正規の仕事も7-9月で10万人増やした」と強調し、公明党の山口代表も同調した。これにたいして民主党の海江田代表は、「100万人のほとんどは非正規雇用で、正規雇用は35万人減っている」と批判した。共産党の志位委員長も、「増えたのは非正規だけ」という点は民主党と共通だったが、正規雇用の減少は「22万人」と指摘した。
与党の主張の根拠は、総務省労働力調査であり、2014年7-9月を13年7-9月と比較して、正規が10万人増加したというのだ。民主・共産両党も与党と同様に、労働力調査の14年7-9月と比べている。しかし比べる対象は、民主党が12年の平均値、共産党は12年の7-9月だった。
労働力調査における正規雇用者の数は、新規卒業者の就職を反映して4-6月期に増え、年度末の退職などを反映して1-3月期に減るというように、季節によって変動する。アベノミクスの成果というなら、14年7-9月期と比べるべきは12年の7-9月期である。志位委員長の指摘の通り、同期間に正規雇用者数は22万人減少し、非正規の比率は35.5%から37.1%へと1.6%ポイント上昇した。
賃金については、厚生労働省の毎月勤労統計調査を見よう。パートタイム労働者の大部分を含む「常用労働者」について、月々の「きまって支給する給与」の実質の指数(2010年の平均=100)をたどると、それは麻生政権のもとでリーマンショック以前から低下し、民主党政権で100前後に戻した。それが安倍政権では顕著に低下し、14年夏以降には95前後となった。
アベノミクスのもとで正規雇用者が減って非正規比率が急上昇し、これにともなってパート労働者を含む平均賃金がほぼ一方的に低下したことは明白である。安倍政権は、官庁統計を少しでも調べれば虚偽と判明する論点を、選挙戦で呼号してはばからなかった。これも「ナチスの手口を学んだ」のだろうか。
(生活経済政策2015年2月号掲載)