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明日への視角

信あるコミットメント

小川 有美【立教大学法学部教授】

 5月7日のイギリス総選挙は、事前の予想を覆し、現職キャメロンの保守党が単独過半数を制した。ミリバンド率いる労働党が肉薄し、小党と連立してでも政権を交代する可能性は潰えた。最大労組UNITEのトップは、労働党には何のために戦うかを明確にする中心的テーマがなかった、と猛省を促した。
 この選挙からどのような結論を引き出すかは、人それぞれだろう。国民は財政緊縮が自らの生活にも良いと考えたのか、イギリスは多党連合を嫌うのか、それともスコットランド民族党の代表する地域の声が新しい主役なのか。イギリスの憲政はメタモルフォーゼを続けている。
 イギリスには実は成文の憲法がないことはよく知られている。それにもかかわらず立憲民主主義が世界に先駆けて確立したのはなぜだろうか。1688年の名誉革命というと歴史年表上の事件というくらいの印象かもしれないが、制度に注目する経済学者・政治学者は、このとき国王(政府)と議会の関係が根本的に変わったと見ている。それまでは、国王は国庫の都合で立法や司法に介入し、税制を改変した。しかし議会はいざとなれば国王をすげ替える程の実力を示したので、国王に財政の安定を保障するとともに、反対派を弾圧したり、個人の自由や財産を侵したりする支配をやめさせた。このことは、政府と議会の間の「信あるコミットメント」の始まりだった。
 王が自己制限し有産市民に権利を保障するものだったが、この「信あるコミットメント」は、イギリスの産業革命につながる経済発展と、民主主義の基としての代表制を強める結果となった。王権と常備軍を肥大化させていった他国の絶対王政はやがて危機に陥った。この違いは、権力が自らの恣意を許し市民の権利を制限するか、あるいは恣意を排して市民の自由な発展を促すか、にある。
  「信あるコミットメント」の存在意義は、今日も失われていない。憲法改正論者は日本国憲法の「自主」を疑ってかかるが、政治家、政党に問われるべきは、(日本のために)民主主義を強めていくコミットメントを彼らがしてきたか、である。

生活経済政策2015年6月号掲載