Goodwill資本主義の勧め
柴田 德太郎【東京大学大学院経済学研究科教授】
アベノミクスの第3の矢「成長戦略」の中軸には規制改革があり、その中で「雇用の流動化」が提言されている。解雇規制が効率的な労働資源配分を阻害しているという理屈である。だが、「雇用の流動化」は本当に効率性を高めるのであろうか。
「雇用の流動化」は逆に効率性を低下させる恐れがある。なぜか。人間は物ではないからである。働き手は働く中で成長し、他者と協力し、企業組織のために働くことを覚えていく。これをloyalty(忠誠心)、あるいはgoodwill(好意)と呼ぶ。「雇用の流動化」は、企業の競争力の源泉である働き手の忠誠心や好意・協力関係を阻害する恐れがある。経営者側も人材育成に投資する意欲を失うであろう。時間をかけて大事に育てても、他社に移る可能性が高いからである。働き手側も、企業特殊的な技能の習得には関心を示さなくなり、評価されにくい仕事は避けるようになる。こうして、「雇用の流動化」は企業組織の中で生み出される生産性上昇の要因を阻害することになる。
これとは対照的に、従業員の忠誠心や好意を大切にする企業は、生産性の向上により顧客のgoodwill(愛顧)を獲得し、高収益を挙げることが可能となる。身近な例は、食品スーパーオオゼキである。通常のスーパーマーケットの場合、人件費削減のため従業員数を減らし、正社員比率は2~3割程度に抑えるのが常識となっている。だが、オオゼキの場合、この常識とは逆に、同規模サイズの店舗で比較すると従業員数は2倍以上、正社員比率は約7割に達している。この正社員たちが店舗内できめ細かい対顧客サービスを行い、仕入れも売り場の担当者が行う。正社員たちの質の高いサービスが顧客のgoodwill(愛顧)を育み、無駄のない商品管理を可能にしている。その成果が、高い売上高経常利益率(7%以上)に結実している。
こうしたgoodwill重視の経済システムは、日本資本主義のお家芸であった。こうした良き伝統を「雇用の流動化」によって失うのは愚かなことである。
(生活経済政策2016年10月号掲載)