中間層経済学からトリクルダウン経済学への誤った回帰
片桐 正俊【中央大学名誉教授】
ここで、オバマ政権が共和党のトリクルダウン経済学に対抗して提起した中間層経済学を、トランプ政権が否定して再びトリクルダウン経済学に立つ経済政策を実行しようとしていることを問題にしたい。
1980年代レーガン政権以来のトリクルダウン経済学は、供給サイドを重視し、減税(特に富裕層)や事業に対する規制緩和で、労働や投資、企業に対するインセンティブを高めれば、大企業や富裕層から富むようになり、やがてその恩恵が中小企業や低所得層にも及ぶというものである。だが、そうした考えから、独占禁止法、労働保護規制、金融規制、環境規制等を緩めた成長最優先の経済政策は、ITバブルや2008年金融危機と大不況を生んだばかりでなく、低位の社会保障と相まって、クズネッツの「逆U字型曲線」を否定するような、先進国で最も所得・資産格差が大きく且つ拡大している経済と国際競争力の低下した経済(グローバル・インバランスの負け組経済)を生み出した。
オバマは衰退した中間層の復活を訴えて大統領選挙に立ったが、その政権が大不況の真只中に発足したために、大規模財政出動の中に込めてブッシュ政権の富裕者優遇の大型減税を引き継がざるをえなかった。それでも2010年には金融規制改革法と医療費負担適正化法(オバマケア)を成立させ、また2013年1月にはアメリカ納税者救済法成立でブッシュ減税を終わらせ、富裕者増税に舵を切った。そして同政権第2期目後半には中間層経済学を打ち出した。
それによると、中間層所得は生産性向上、労働参加率上昇、結果の平等によって増えるという。特に、効率的に不平等を縮小するような政策に合せて包括的な成長を促すような経済政策を選ぶことが、決定的に重要であるとする。具体的には、総需要の強化、機会均等の促進、市場支配力集中やレントシーキング行動の削減、移動性を促しながら不平等の結果から家族を護るといった諸政策を重視する。つまり、中間層経済学は、不平等の縮小が成長を促すというトリクルアップ経済学である。しかし、トランプ政権はオバマケアを廃止し、金融規制改革法の金融機関規制を大幅に緩和し、大企業や富裕層に有利な大規模減税を目指す等のすでに破綻したトリクルダウン経済学にまだ取り付かれており、この先米国の中間層にはなお暗い夜道が続く。
(生活経済政策2017年5月号掲載)