新たな「2つのフランス」の危機
吉田 徹【北海道大学法学研究科教授】
「歴史的な選挙」—5月7日のフランス大統領選に際して面会を求めたフランスの政府、政党、シンクタンク関係者は異口同音にみな同じ言葉を口にした。
現職大統領の不出馬、保革二大政党候補者の敗退、極右ルペンの過去最高の得票数、2割を超えた棄権率、反グローバリズム候補者たちの大量得票など、2017年のフランス大統領選は波乱含みだった。それを勝ち抜いたマクロン新大統領のもと、超党派のフィリップ内閣が組閣されたものの、6月の下院選の行方は未だ不透明だ。
しかし「歴史的」という意味は、おそらくこれだけに留まらない。
フランスという国を称する時、歴史家ミシュレが教会と市民社会を指して用いた「2つのフランス」と言う言葉が用いられてきた。政治にあって、この「2つのフランス」とは、革命以来からの左派と右派を意味してきた。左派は共和派から共産党、社会党へと、右派は王党派からボナパルティスト、ゴーリストとなってきた。しかし、今回の選挙で露わになったのは、グローバル化を歓迎し、変化を良しとする強い個人を基礎とする社会を歓迎する者と、グローバル化を忌避し、慣れ親しんだ旧き社会を保守すべきとする者とによる新しい「2つのフランス」が、新たに顔を覗かせつつあるという事実である。
マクロン投票者の約7割は、フランスの将来が「明るい」と答え、6割が世界に「開かれている」ことを支持する。反対にルペン投票者の7割は将来が「暗い」と答え、7割超が世界に「閉じられているべき」と回答している。第1回投票の直後、マクロンは海外移転を迫られピケを張る家電メーカー・ウィルプール社の工場に出向き、解雇された労働者の職業訓練を約束した。同じ日、やはり同地に向かったルペンは、政府補助金での再建支援を提案した。21世紀の「2つのフランス」に向けて差し出される異なる処方箋は、マクロンが失業保険のポータビリティを、ルペンがフランス人の優先雇用を公約としたことにも象徴されている。
思えば、1995年にシラク大統領は「社会の亀裂の修復」を訴えて当選し、翌年のリヨンサミットのテーマを「グローバル化の光と影」とした。しかし、10年後の2005年のEU憲法条約の国民投票でみられたのは亀裂に一層の深まりだった。さらに10年が経ち、傷はぱっくり口を開け、血は流れ続けている。新たな「2つのフランス」の出現を前に、「一体にして不可分の共和国」という憲法の文言を前に、政治は無力であり続けている。
(生活経済政策2017年6月号掲載)