「農林水産業の消滅」の危機
大内秀明【東北大学名誉教授】
「農林水産業の消滅」とは、いささかショッキングなタイトルだが、それも否定できないところまで日本農業の危機が進行している。東大で「農政学講座」を担当、平和経済計画会議の理事長だった 故大内 力教授の遺著となった『大内力経済学体系』第8巻「日本経済論 下」の最終節が、「農林水産業の消滅」である。
教授は、第一次産業の就業者が「1920年以降ほぼ1,400万という絶対数はほとんど動いていない」不動の事実から、それが1970年以降の短期間に急減し、2010年には238万人となった現実を直視される。長期の「不動の事実」が産業予備軍として利用され、日本経済の高度成長をも支えてきた。その消滅が、少子高齢化にもつながっている。
「不動の事実」喪失は、むろん重化学工業優先の高度成長によるもので、リカードの比較生産費説による農工生産性格差から説明できる。とくに農家の次三男の若年労働力の流出、出稼ぎ労働力の利用など、3ちゃん農業から爺婆農業への転落を招いた。さらに85年の「プラザ合意」以降の「管理できない管理通貨制」による急激な円高の犠牲が大きい。
プラザ合意による円高・ドル安による農産物輸入の急増までは、頭打ちとは言え農業生産指数も伸びていた。しかし、この時点で好調だった「畜産総合」まで、急激に低下した。これらの数字から1$=360円の固定相場制から変動相場制へ、そして円高・ドル安への転換こそ農業危機を決定的にしたと言える。また、 1$=70円台の超ドル安にもかかわらず、なおアメリカの経常収支の赤字は深刻化するばかりなのだ。
「アメリカ第一」のトランプ登場は、変動相場制の円高・ドル安の限界を露呈した基軸通貨「ドル危機」への対応ではないか。TPPなど多国間主義を否定し、日米安保の2国間主義の「経済協議」により、個別撃破で赤字解消を迫る。ターゲットは、むろん日本農業である。田園風景の消え去る日が来るのか?
(生活経済政策2017年9月号掲載)