労働時間短縮はなぜ必要か
浅倉むつ子【早稲田大学大学院法務研究科教授】
第196回通常国会に提出された「働き方改革推進法案」は、計8本の法律の一括改正法案だった。柱の一つは「長時間労働の是正」であり、「規制強化」とされた時間外労働の上限規制が、前代未聞の「規制緩和」である高度プロフェッショナル制度と抱き合わせで提起された。労働時間データに大量の異常値が発覚したが、ほとんど審議もなされないまま、2018年6月29日に、参議院本会議で同法案は可決成立した。
時間外労働の限度は、「通常予見することのできない業務量の大幅な増加」に伴う「特例」の場合、年720時間、月100時間未満、複数月平均で月80時間未満という過労死認定基準となった。このような低水準では、現実的な時短効果はなく、かえって長時間労働を助長しないかと懸念される。
だからこそ、労働組合には、今、時短への本気度が求められる。法による時短が期待できないのなら、組合主導で真の時短を実現するしかない。今こそ、時短は何のためか、いかなる価値があるのか、議論を起こす必要がある。
時短に取り組む意味としては、①労働者の健康・生命の保持、②ワーク・ライフ・バランス、③仕事の分かち合い=ワーク・シェアリング、があげられてきた。「働き方改革推進法」は①だけに対応しようとして、生命・健康の最低基準である過労死認定基準を時間外労働の上限に設定してしまったのだろう。
しかし、上記の②と③を考慮すれば、より高い水準の限度基準が必要である。加えて、時短には、長時間働けない人々を排除しない職場づくりという意味があるはずだ。妊娠している人、病気の人、障害をもつ人、家族のケア責任を負っている人。そのような労働者は、長時間労働が恒常化している職場では「お荷物」とされ、ときには「終業時刻に平気で退社する身勝手な人」として、ハラスメントの対象になる。多様な人々を排除しない「ダイバーシティ企業」をいうのなら、労働基準法の原則どおりに働く人々が排除されてよいはずはない。時間外労働が本当に例外的な働き方でなければならない理由は、そこにもあるはずだ。
(生活経済政策2018年8月号掲載)