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明日への視角

手に職を持とうと決めた

木本喜美子【一橋大学名誉教授】

 調査で何度か訪れている地方都市に住む城耕太さんは、「東日本大震災がきっかけで、手に職を持とうと決めた」と語る。農作業や福祉作業所の厨房バイト等を経た後、2012年、有機野菜にこだわる仕出し弁当屋を創業したのである。親の援助はなく、栄養士の姉と数十万円づつ出資し、学生時代の友人から借金し、姉の手伝いを得ながらのスタートだった。今では地域内異業種の創業者仲間たちのつてで福祉施設への仕出しサービス、結婚式等のイベント時のケイタリングを請け負っている。だが姉と自分自身の取り分が10万円程度という月もあり、消費者金融から借りることもあるという。また保育士の妻と時間をやりくりし、子どもたちのお迎えを担当する毎日を送っている。
 地方圏の若者非正規の労働と生活の実態を10数年間フォローアップしてきたが、雇用によらず、創業する人々も出てきている。「自分のやりたいこと」を軸として、わずかな自己資金と借金を手がかりに、例えば古民家を改装しての店づくりを自力および友人力でやってのける。周囲の関心とエネルギーを動員することで、コストを低減させる努力なのである。興味深いのは、異業種の創業者仲間との飲み食いと語らいに頻繁に集うような「つながり」を大事にしていることである。この仲間たちは互いに、それぞれの創業への想いを理解し、「おもしろいこと」を基準として、仲間の活動を盛り上げる関係だという。
 こうした「つながり」が、緩やかながら自生的に形成されていることに驚かされている。これまでの10数年間にわたる調査では、家族からも仲間からも孤立した若者、とりわけ非正規の若者のそうした姿に接することが少なくなかったからであろう。もちろん若手創業者は不安定である。地域内創業者の先輩格・糸井剛さんは、彼らの鬱病や自殺を見てきており、「倒産、破産時の救済ファンドのようなものがあれば…」と指摘する。
 地域労働市場の逼迫を目の当たりにしてきた若者が、大震災の経験を踏まえて、「やりたいこと」に向かって創業という形でつきすすんでいる姿をリアルに捉え、可視化させていく必要があるのではないか。そうした動きを、どのような枠組みでつかみ出していくのかが問われている。

生活経済政策2019年4月号掲載