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明日への視角

市民にとって望ましい社会とは?

禿あや美【跡見学園女子大学マネジメント学部教授】

 新型コロナウイルスの世界的な流行により、私たちの生活は大きく変わった。これを記している4月上旬時点では、今後の見通しは立てられていない。感染の恐怖、お粗末な政策、悪化する経済状況など、不安は膨れ上がる。
 では、このウイルス収束後の社会は一体どのようなものだろう。想像力を補うのは文学作品である。カミュの『ペスト』は現在多く読まれているが、ここで取り上げるのは伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房)である。
 2008年に発表されたこの作品は、社会政策(労働政策と社会保障政策の関連領域)の観点からも示唆に富む。東京大学教授の小野塚知二氏の『経済史』(2018年、有斐閣)では「遠くない将来に訪れる可能性も否定でき」ない社会像を描くものとされる。
 この小説は、2019年に発生した戦争と未知のウイルスの蔓延による「大災禍」後の近未来社会を描く。人々はWatchMeというソフトウエアを体内にインストールしている。これは常に体内を監視し、「生府」(政府に代わる統治機構)のシステムにもつながっている。人々はWatchMeを通じて、相対する他人の名前や職業、信用の程度を示す「社会評価点」等を常にやり取りする。匿名性は全くないからこそ安心できる。また、喫煙などのあらゆる不健康な行動には体内の監視システムが警告する。
 このような監視社会は恐ろしい。しかしコロナ後の私たちは、それを望んでいるかもしれない。既に部分的に実現しているものもある。現在、感染を社会に広げるリスクを軽視して、旅行や宴会に参加した患者を非難する風潮は強い。誰が感染者か特定され監視されれば、自らへの感染を防げるかもしれない。新型コロナ流行以前より、貴重な税金を無駄な政策に使うなという価値観は日本で広く浸透していたし、少子高齢化社会では市民が自発的に健康に留意し、医療費の無駄を生まない生活態度であるべきという言説も強まっていた。社会政策の人々の生活へ介入する側面をグロテスクに強調すれば、この小説のような社会となる。
 そもそも日本では自己責任が強調されてきた。監視を可能にする技術の発展と、それを望む市民の自己防衛の意識が重なると、あっという間に監視社会は実現する。コロナ後の社会はどうなっているのだろうか。

生活経済政策2020年5月号掲載