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明日への視角

背骨を欠いたグランドデザイン

大沢真理【東京大学名誉教授】

 6月7日に岸田内閣は、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太の方針)とともに、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、グランドデザイン)を決定した。「人への投資」がその中心的な柱である。
 昨年の自民党総裁選挙中の発言や、10月8日の所信表明演説によれば、岸田首相は、「貧富の分断」を見据え、「分配なくして成長なし」と、改善に取り組むかに見えた。それが早々と腰砕けになり、後退を続けてきたことは、すでに論評されている。グランドデザインで私が注目するのは、「格差」と「貧困」が切り離され、貧困は課題とすらされていない、という点だ。
 12月6日の所信表明演説でも、年初の『文藝春秋』誌への緊急寄稿でも、「格差や貧困が拡大し」と述べており、これらは一体ないし一つながりの課題と読むことができた。
 それがグランドデザインでは、本文35ページの文書のなかで、巻頭から「格差」は主要課題とされている。いっぽう「貧困」は、一度だけ第26ページに、コロナ禍で「貧困を抱える世帯の生活が厳しくなる」という認識として登場する。だが、取り組みの対象は「貧困」ではなく、「孤独・孤立」であり、取り組む主体はNPO等とされている(政府はそれを支援する)。
 顧みれば首相は12月8日に、西村智奈美立憲民主党幹事長の代表質問にたいして、国際的に用いられている貧困の指標が、「我が国には…なじまない」と答弁していた。指標はともかくとして、貧困の削減に取り組むつもりがあるのか言明しなかった。『文藝春秋』への緊急寄稿でも、「格差や貧困」の拡大について「欧米諸国を中心に」と述べ、日本の問題ではないかのようだった。
 欧州連合はすでに2013年に、人、とくに子どもへの投資を中心課題とする「社会的投資パッケージ」を採択していた。政策ターゲットの大部分は、貧困と社会的排除の克服である。その背骨は、低所得層を底上げすることが成長を促すという、「ボトムアップ経済学」だ。
 岸田グランドデザインは、「待っていてもトリクルダウンは起きない」とも述べるが、ボトムアップの語は見られない。そこで「貧困」がネグレクトされている点は、グランドデザインが背骨を欠くことを示すのである。

生活経済政策2022年7月号掲載