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明日への視角

カリスマなき指導者の時代に生きる私たち

村上信一郎【神戸市外国語大学名誉教授】

 大晦日にベネディクト16世が亡くなった。教皇在位8年後の2013年に青天の霹靂の如く生前退位、名誉教皇としてバチカン内の旧修道院に隠棲。享年95歳。1月5日にサンピエトロ広場で行われた葬儀ミサの中継を観ながら、ヨハネ・パウロ2世の時(2005年4月8日)のことを思い出していた。今回の5万人に対して参列者は30万人、500万人もの人々がローマの街中に溢れかえっていた。比べても意味がないのは承知のうえで、ある種の感慨を覚えざるを得なかった。
 イタリアのある歴史家がヨハネ・パウロ2世の教皇在位20周年(1998年)に寄せて次のようなことを述べていた。カトリック教会は成立以来2000年にわたり単独者支配(monocracy)を本質的には維持しており、現代世界ではたった一つ残った最後の絶対君主制である。ただ注意すべきは世襲制を厳しく排除していることであり、少なくともここ200年はいかなるネポティズムの影もない。こうした単独者支配とカロル・ヴォイチワのような例外的なカリスマ的能力を有する偉大な人格が結びつく時には想像を絶する巨大な歴史的推進力が生まれる。ヨハネ・パウロ2世はカリスマ的権力がヘゲモニーを掌握した奇跡的な成功例である、と。
 忘れてならないのは、ヨーゼフ・ラッツィンガーが教皇になった時はすでに78歳だったことである。カロル・ヴォイチワが教皇となったのは史上最年少の58歳。ちなみに現教皇フランシスコも就任時には76歳であった。カトリック教会の単独者支配も世襲制やネポティズムの弊害は免れていても、じつは老人支配(gerontoracy)という宿痾に苛まれていたのである。それに加えて未婚で独身の、あたかも宦官の如き男性にしか認められない聖職というホモソーシャルな権力機構。
 ベネディクト16世は教皇就任以来私設秘書を務めたゲオルグ・ゲンスヴァインを退位直前の2013年1月6日大司教に叙階した。30近くも年下の多言語に通じた知性溢れる美男子の司祭。教皇最愛の曲はモーツアルトのクラリネット5重奏。クラリネットを奏でたのも彼だった。

生活経済政策2023年2月号掲載