賃上げ闘争を越えて
高橋伸彰【立命館大学名誉教授】
今年の春闘では大手企業を中心に満額回答が相次いだ。満額回答を得た労働組合は「勝利」と思っているかもしれない。だが、その背後では資本の論理が強かに貫徹されていることを見落としてはならない。賃上げによる人件費増加の一部は、すでに実施された価格の引上げで回収されており、残りの分もこれからの値上げや合理化で回収されるだろう。そう考えれば、満額回答は価格の引上げを円滑に浸透させ、一層の合理化を図ろうとする使用者側の経営戦略にほかならない。
実際、批評家の柄谷行人は近著『力と交換様式』で「それ(労働組合)が合法化された時点で、賃金をめぐる闘争は”労働市場“の一環にすぎなくなる。それは、むしろ賃金法則(実質賃金が労働者の最低限の生活を保障する水準まで下落するという法則)が成立する前提である」(括弧内は筆者補足)と述べ、使用者(資本)は労働組合の賃上げ要求を実現することによって、逆に「階級闘争」を消滅させたと指摘する。
改めて、労働運動を「階級闘争」として位置付けるなら、物価高をカバーする程度の賃上げで幕を引いてはならない。他にも、労働時間の短縮、超過勤務の規制、休暇制度の充実、意に反した転勤や過大な業務に対する拒否権、ひいては経営への参加など、勝ち取るべき課題は沢山あるからだ。
そのためには、個々の企業経営と運命を共にするような企業内組合の殻を脱し、同じ「階級」に属する労働者として産業レベル、地域レベルで広く連帯し、一人一人が抱える不安や不満を相互に共有しながら、その解決に向けて共に闘う組合(アソシエーション)を組織する必要がある。
問われているのは、そんな組合や闘争がいまの時点で可能か不可能かではない。私たちが本心から実現したいと望んでいるか否かである。実現したいと望む人の輪が広がり、共感が深まっていくなら、必ずやその日は到来する。そこで大切なのは、安易に目前の利害と妥協せずに、未来に向けて「希望」を抱き続けることである。
(生活経済政策2023年4月号掲載)