自治・分権がなぜ大事なのか
坪郷實【早稲田大学名誉教授】
3月に国会に提出された地方自治法改正案は「大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」に対する「特例」として、国が閣議決定を経て、自治体に補充的な「指示」ができる規定を含む。自治体の事務は自治事務と法定受託事務に区分されるが、この特例は自治事務にまで国の「指示」を及ぼすものであり、自治体の自治をないがしろにし、国と自治体の対等関係を壊すものである。
この法改正の基になった第33次地方制度調査会の2023年12月答申は、新型コロナ感染症の時期に、自治体から感染動向の情報が迅速に提供されない事例、国から大量に発せられた通知に現場が対応できない事例など、「従来の法制で想定されていなかった事態が相次いだ」としている。議論は法制度に誘導されているが、コロナ禍で注視すべき点は対等な関係に基づき国と自治体の間で調整がうまくできなかったことである。国の「指示」により解決できる問題ではない。むしろ、国が現場の実態を把握できず、政策判断できない事態が露呈したのである。国と自治体の対等関係という基本の議論を若干振り返りたい。
2000年分権改革は、国と自治体の関係を上下・主従関係から対等・協力関係へと変える改革である。この関係の改革は、制度面でも、運用面でも、意識面でも、国と自治体の双方が変わらなければ定着しないと議論された。2000年以降の経緯は、平坦な道ではなく、地方創生など国の統制が強まる傾向が続いている。他方、市区町村の自治体は独自の自治の取り組みを積み重ねている。自治体基本条例(405自治体:公共政策研究所調べ2023年4月1日)、自治体議会基本条例(965自治体:自治体議会改革フォーラム調べ2022年12月25日)の制定、ケアラー支援条例など政策条例の開発、無作為抽出の市民の参加で行動計画を提案する気候市民会議の開催などが挙げられる。
自治体政治が大事であるのは、一人一人の市民が地域で政策課題に直面し、市区町村の自治体が市民に最も身近な政府であるからだ。自治体は、市民ニーズやNPOなどの活発な政策提言活動を受けて、新たな政策開発を行う場である。これは自治体が市民ニーズの把握を積極的に行うための制度改革、意識改革に不断に取り組むことにより可能になる。国政での政策づくりも、自治体での新たな政策の実践例を基にしている。不断の自治・分権の議論が必要である。
(生活経済政策2024年4月号掲載)