分断を深める社会と自由民主主義
遠藤誠治【成蹊大学法学部教授】
世界は分断を深めている。ヨーロッパ議会選挙をはじめとする欧州諸国の選挙では右派勢力の躍進が目立った。イギリス議会選挙では労働党が勝利を収めたものの、フェイク・ニュースをもとに排外主義者による暴動が起こった。アメリカ大統領選挙に向けては全く異質な情報空間に生きる人々の間の分断が依然として深刻である。
分断の歴史的背景や原因は多様なので安易な一般化は禁物だが、普遍的な人権や自由民主主義の価値を信じる人々と、自国・自民族中心主義的なポピュリズムに傾倒する人々の間で対立が起こっているように見える。そうした対立は、しばしば、地球温暖化対策を重視し脱二酸化炭素社会への転換を推し進めようとする立場と、化石燃料社会に固執する立場とも重複する。前者の立場から見ると、後者は民主主義本来の価値や人類的課題の重要性を理解しない不合理な人々のように見える。
しかし、この問題を掘り下げると異なる側面も見えてくる。ロシア・ウクライナ戦争に際して欧米諸国が掲げた「自由主義を守れ」とする姿勢は、エネルギー価格の高騰をともなった。温暖化対策とエネルギー転換を加速するという政策は長期的には合理的だが、日常生活を軽視する姿勢に見える。さらに、常軌を逸した破壊と殺戮を継続するイスラエルを支援する欧米諸国の姿勢は、自由主義の欺瞞をあらわにした
各国が直面している社会・経済問題の多くは、国際協力抜きには解決しない。しかし、エリートたちが推進する外国との協力のために、自分の生活が犠牲にされていると感じてしまう人々がいる。実際、冷戦後に進んだ新自由主義を基礎にしたグローバル化の下で、少数の富裕層が大きな利益を得る一方で、中間層は融解し、生活に困難を感じる人々が増加した。新自由主義こそが社会の分断を引き起こしたともいえる。
国家間対立が深まるなか、30年以上におよんだ新自由主義の帰結に対処するのは容易ではない。また、現在のメディア環境では合理的説得による分断の克服も難しい。結局大切なのは、自由や民主主義を大切だと感じている人々が抱える日常生活のニーズや課題に正面から向き合う政策を練り上げていくことだ。自由や民主主義といった普遍主義への信頼を回復し分断を克服するには、そうした粘り強い取り組みが必要だ。
(生活経済政策2024年9月号掲載)