成功の後始末(ドイツ)と失敗の後始末(日本)
住沢博紀【日本女子大学名誉教授】
コロナ禍を挟んでここ5年間で3回ほどドイツを訪れているが、この夏はこれまでとは違った。ウクライナ戦争2年半の支援疲れ、「不法」難民への国民の反感とテロへの不安の拡大、気候変動の深刻化とエネルギー転換の遅れ、デジタル化やEVへの対応の遅れなど、ドイツも人々の不安と経済の不安定な時代を迎えていた。
9月には東2州で選挙があり、極右のドイツのための選択肢(AfD)と極左のザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)が躍進した。ワーゲンクネヒトの夫は、かつての社民党SPDの首相候補でもあったO.ラフォンテーヌである。90年代初頭に私はザールブリュッケンの首相官邸で、彼にインタヴィユーしたことがある。ゴーストライターともいえる一人の教授が同席して驚いたが、社会民主主義をエコロジーとネオリベラルの時代に合わせた、左翼ネオリベラルというラフォンテーヌの政治感覚は的確であった。ワーゲンクネヒトもまた、ウクライナ戦争終結とNATOのミサイル再配備に反対して、AfDという極右への左翼的選択肢を提供し、左翼保守主義とも呼ばれている。どちらにしても、他のEU諸国と同様に、ドイツの政党政治も大きな変容を余儀なくされている。
同時期の日本では、黒田異次元金融政策とアベノミクスの負の遺産の是正に追われていた。また自民党の派閥政治と裏金問題など、90年代初頭の政治改革の負の側面があらわになった。経済の失われた30年を含めて、日本ではこの30年間、失敗の後始末に追われている。
これに対して、ドイツは冷戦終結後にドイツ再統一を成し遂げ、ユーロ導入により拡大EUという市場が誕生し、安いロシアからのガス供給、さらには中国へのドイツ車の輸出など、この30年、安定と成功の歴史でもあった。しかし東西ドイツの経済的・心理的格差は縮まらず、多文化社会への移行や難民問題は極右を台頭させ、ロシアからのエネルギー供給は終結し、中国への自動車輸出も縮小期に入っている。政党政治の変容は、この30年の成功の後始末として現れている。
しかも成功の後始末は、過去2世紀の西欧文明による世界支配の後始末にも及んでいる。ウクライナ戦争やイスラエルのガザ侵攻、中国やグローバルサウスの権威主義体制の台頭は、西欧の理性や個人の自由に立脚する、グローバルな法治体制という構想を侵食しつつある。しかしドイツにいて社会哲学者ハバーマスなどの近著を読むと、悲観主義に陥らず何か安心した気持ちになるから不思議である。理性や自由が、歴史や社会に根差した概念として生きていることが、今なお感じられるからである。翻って、失敗の後始末に追われる日本はこうした普遍的な制度の再構築に寄与することができるのであろうか。
(生活経済政策2024年10月号掲載)