心に灯をともす地域づくりと地方創生
沼尾波子【東洋大学国際学部教授】
政府による「地方創生」の取り組みが始まってから10年が経過した。全国各地でさまざまな施策や事業が展開されてきたが、人口減少には依然として歯止めがかからず、とりわけ若年層の大都市圏への流出は続いている。政府は二地域居住の推進などをはじめとする関係人口創出や、各分野での担い手確保に取り組んでいるが、「課題」は山積している。
こうした中、新潟県村上市を拠点に地域づくりの中間支援を行う「都岐沙羅(つきさら)パートナーズセンター」の斎藤主税氏が語った地域づくりの基本となる3つの要素の話が印象に残る。斎藤氏によれば、地域づくりに必要なのは、「地域固有の物的資源(ハード)」「共感を生む仕組み(ソフト)」「関わる人たちの人間性(ハート)」の3要素である。これまで行政は、まずハードの整備に注力し、次にソフトの制度や枠組みを整えてきた。しかし、まず最初に考えるべきは、関わる人たちのハートではないかという指摘は示唆に富む。
確かに、施設や制度が整っていても、そこに住む人々が地域の暮らしを楽しみ、「やってみよう」と思えなければ、地域の営みは進まない。子どもに勉強を強いても、自ら学ぼうとする意欲がなければ知識が身につかないのと同じである。「やってみよう」「気づいたら楽しくやっていた」と感じられる場や仕組みがあることが、地域づくりの本質であると気づかされる。
ウェル・ビーイングが言われる今日、自分自身をありのままに見つめ、自分のやりたいことや、それを実現できる場所を求める人は少なくない。「日本一チャレンジを応援する町」を掲げる埼玉県横瀬町をはじめ、自らの本音と向き合い、それを素直に表現できる場があり、さらにそれを受けとめ、応援してくれる場所や地域で、移住や定住、交流の動きが活発化している。
これまでの「地方創生」は、様々な機能の充実を考える政策ばかりに注力し、個人の「やってみたい」「学んでみたい」という本音に向き合える場、自分らしくある場としての「地域」について、私たちは十分に考えてこなかったのではないか。性別や年齢、国籍などに関わらず、一人ひとりの個性を尊重し、その土地の風土や文化を大切にしながら、地域での暮らしや働き方、役割を描ける社会。その実現に向けて、学びの場や、仕事の形を再構築することも必要だろう。
そして何よりも、一人ひとりの個性を尊重し、得意なことも苦手なこともそのまま受け入れる—そんな「尊厳」に満ちた関係性を体現する場が地域のなかに築かれていることが、これからの担い手を育み、支えていくための欠かせない基盤となるのではないだろうか。
(生活経済政策2025年8月号掲載)