日本とドイツの「国是」と若い世代の視点
住澤博紀【日本女子大学名誉教授】
今、自民党が揺れている。1990年前後、冷戦終結とソ連崩壊で、55年体制の最大野党であった社会党—総評ブロックは解体した。2025年、アメリカの衰退を象徴するトランプの「アメリカ・ファースト」により、自民党体制も解体に直面している。戦後80年、自由民主主義のもとでの政党システムがグローバルな規模で危機に陥っている。
ドイツの元首相メルケルは、昨年出版した自伝『自由』において、「イスラエルの安全はドイツの国是である」と述べている。日本もドイツも、第二次世界大戦の敗戦国として、独裁国家や軍国主義を否定し、新しい「国是」の下に再出発した。この両国の「国是」こそ、戦後の自由民主主義の在り方を示していた。
ドイツの場合は、基本法20条の「民主的、社会的連邦国家」、ナチ支配の過去から第21条の民主主義秩序を脅かす政党への禁止条項、16a条の迫害された人々への庇護権、それに欧州統合とアメリカをふくめたNATOということになる。
日本の場合は、国民主権と国民統合としての象徴天皇、国連憲章の精神に立つ平和主義、そのために9条で、戦争放棄と戦力を保持しないことを宣言し、13条で個人の尊重と幸福を追求する権利、さらには日米安保による安全保障と持続的なパートナーシップとなる。どちらもアメリカの覇権のもとで、「西側」世界への統合という構図である。
イスラエルの「ガザでの虐殺」、百万人単位での難民の流入を契機とした、極右政党AfD(ドイツのための選択肢)の台頭により、メルケルのいう「国是」が危なくなっている。日本の場合は、「失われた30年」と1400兆円以上となる累積債務、さらには「自由世界という価値」同盟である西側の弱体化に際して、戦後政党システムの軸であった政府・自民党が、何の方針も国際貢献も提示できないことである。
以上の見立ては、戦後民主主義を体験してきた「私の世代」の整理である。あるいは新聞やテレビなど、「旧メディア」の視点であるともいえる。いま問われるべきは、この構図を若い世代がどこまで理解、あるいは無視しているのかである。その背景には、高齢化による若者負担の増大と世代間対立、西側世界の経済的優位の衰退がある。日本では軽視されドイツでは実践された、現代史との批判的な対決や民主主義教育も、80年、3世代の時代の推移ともに限界を露呈する。
世代間の分配・再分配構造を検証し改革すること、戦後「西側世界の価値観」を、SNSと「トランプのアメリカ」の時代のもとでも説得力を持ちうるように再構築することが喫緊の課題となる。
(生活経済政策2025年10月号掲載)