アメリカの変革と取り残される日本
遠藤誠治(成蹊大学法学部教授)
米国次期大統領にバラク・オバマが選出された。高潔な理想と実践的な課題を掲げた勝利は、世界の多くの人々に大きな感動と希望を与えた。現下の金融・経済危機への対処には時間との競争という側面があり、来年1月の新政権発足を待つ余裕はない。オバマはそれを的確に理解し、危機に対応するための基本的なアイデアを国民に伝え、実務的な対応を展開し始めている。その姿は、既に危機に立ち向かう大統領としての頼もしささえ感じさせる。政権発足とともに「変革」を実現する法案の準備が周到に進められていくであろう。
われわれは、レーガン政権以来続いてきた新自由主義の政治経済システムの根本的な破綻に直面しており、それを根本的に変革する必要とチャンスがあることをオバマと彼の周辺にいる人びとは正確に理解しているようである。オバマ政権には、エネルギーの浪費に基づいた経済生活、経済の金融中心化による製造業や技術力の衰退、弱者の排除と犠牲の下で進行してきた経済格差の拡大と社会的な分断そして基礎教育の失敗、自国中心的な外交政策による孤立と世界の分断などを、包括的に変革していくパッケージがある。それは平等や公正、そして次の世代への配慮を市場経済の中でも実現できるというヴィジョンを制度的に実現していくものになるであろう。利用可能な経済資源が減少するなかでヴィジョンを実現することが困難であっても、アジェンダをセットし、進むべき方向性を示し、人びとに連帯を促すという政治本来の機能は、既に果たされ始めているのである。
翻って近年の日本は、世界的な不平等の拡大、地球環境の悪化、核拡散や破綻国家への対処、新しい国際金融システムの構築などの課題の前で、世界最大の反動勢力であったブッシュ政権に寄り添い、その陰に隠れることで自らの保守性や反動性を相対化してきた。アメリカが革新性を回復し、地球環境問題でもリーダーシップをとり、国際金融、世界の貧困、破綻国家などの問題に関して国際的制度改革をアジェンダ化し始めるとき、現在の日本の政治経済エリートに対応力はほとんどないし、そこからの変革も期待できない。
われわれはアメリカ民主主義の底力をみた。その背景には、政治が変われば社会は変えられるという感覚の回復がある。日本では、社会の中に確実に存在する多様な変革の芽を政治に反映させる回路作りから始めねばならない。
(生活経済政策2008年12月号掲載)