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明日への視角

ナショナル・ミニマム再考

高木 郁朗 (日本女子大学名誉教授)

 民主党政権の金看板に「新しい公共」と「地域主権」という2つのキイワードがある。公共サービスのあり方を地域に任せ、地域のなかではこれまで狭義の政府部門が握ってきたサービス供給を民間に担わせる、というものらしい。

 社会経済政策の起点を雇用・就業におくとした場合、地域労働市場が重要な位置を占めるし、今日のソーシャル・セーフティネットの重要な中味である社会サービスは、地域特性に即したものでなければならない。ソーシャルキャピタルもまた地域が拠点となるだろう。その意味で、「新しい公共」と「地域主権」は時宜に適しているようにもみえる。

 しかし、現実に進展している事態をみるとワナがある。社会保険の分野でいえば、協会けんぽの料率は都道府県ごとに決定される。賃金の低い地方的な地域では料率があがり、しかも医療過疎化の進展に示されるようにサービスの質量が低下してしまう。料率の高い地域には立地を敬遠する企業もあらわれるだろう。保育や介護などの社会サービス部門では、市長会や知事会の要請で国が求める基準の撤廃が進んでいる。保育所では、待機者ゼロの大義名分のもとに、定員無視の状況が現れている地域もある。

 地域の実情というのは、現実には、人びとのニーズや社会サービスのしっかりした質というのではなく、いかに安上がりにすますか、という地方行政体の財政面での利害だけが考慮されている。そうした地域主権は、国が行うべきことの地域への丸投げにすぎない。要するに福祉国家としての最低限の要件であるナショナル・ミニマムの解体である。憲法が定めていることは、地域主権ではなく、国民主権である。国民主権のもとで、人びとは、制度や政策の樹立の論議に参加して、サービスの受給を含めて平等な権利が発揮できなくてはならない。

 むろん、昔どおりの、たとえば最低生活保障のみのナショナル・ミニマム論であってはならない。ソーシャル・セーフティネットでいえば多段階の制度と基準が不可欠であるし、雇用・就業であればディーセントな内容が基準とされなければならない。今日性をもったナショナル・ミニマム論の再構築ができてはじめて、市場万能主義からの解放がすすむ。

生活経済政策2011年3月号掲載