東京オリンピックと原発事故
田中学(東京大学名誉教授)
2020年のオリンピック、およびパラリンピックの開催が東京都に決定した。この間、イスタンブール、マドリードなどとの間で開催地選択をめぐる「競争」が行われた。その過程で、東京(日本)にとって、最大の障害とみなされたのは、周知のとおり福島第一原発事故による放射能汚染の問題であった。
原子力といえば、長い間、科学の分野の最先端の一部を構成するものとみなされてきたと言えるであろう。しかし、チェルノブイリの原発事故以後、ヨーロッパを中心として原子力発電に伴うリスクが大きな関心を集めてきた。別の角度から見れば、科学の進歩はすべからく人間社会に貢献をもたらすという「信仰」に対する、疑惑の発生である。
今回の福島第一原発の事故も、原因そのものは自然災害である。だが、結果責任はどこに行くのか、というも問題は残る。今回のオリンピック開催都市選定の過程でも、原発事故についての具体的な説明はなされていない。マスコミ報道によれば、総理大臣の「放射能汚染は完全に政府のコントロール下にある」という発言が、前述した福島の事故問題に対する説明、ないしは解答になったといわれている。
日本国内においても、オリンピックの東京開催バンザイというムードは高い。だが、水をさすわけではないが、東北の回復、さらには原発問題の解決をどうするのか、という基本課題についての具体策の作成とそれを裏付ける財政こそが必要とされているであろう。
福島原発事故についても、いまだ回答は出ないまま汚染水の流出は続いている。オリンピック委員会が東京を選定したということと、福島の原発事故とは、まったく別な事柄である。東京開催に賛成した人々が、福島の原発問題も解決したと考えていると判断したら、大間違いである。二つは全く別次元の問題である。
オリンッピクの前に、まず東北の回復を図ること、福島原発の問題を解決することこそが必要なことである。
(生活経済政策2013年10月号掲載)