現場の時代を超えて
木村 陽子【自治体国際化協会(クレア)前理事長】
安全・安心のまちづくりが、地方自治体の新たな行政課題として、脚光を浴びだしてから、およそ30年になる。この間、地方自治体、社会福祉協議会、福祉施設などによる幾多の先進的事業は、制度改革に影響を及ぼすなど、地域福祉の進展に貢献してきた。
今から30年前、1980年代半ばの日本の高齢化率は10.3%と低かったが、高齢者が急増するなか、最大の問題に浮上したのは介護で、要介護高齢者の暮らしを支えることが地域福祉の焦点となった。介護保険は未発足で(2000創設)、先進的事業としては、武蔵野市の在宅サービスなどが全国的に脚光を浴びたものの、地域格差も大きかった。
2016年現在の高齢化率は26.7%となり、人口も減少期に入った。地域福祉の重要度は増す一方だが、その内容は30年前とはずいぶん変わった。今では、社会的排除をできるだけなくすため、高齢者の生活支援だけではなく、政策として精神に障害を持つ人などの就労の支援も始まった。その先進的事例として、和歌山県一麦会などの試みが注目されている。
地域福祉の担い手も、役所や準公的機関、NPOやボランテイアだけではなく、民間企業、社会的企業などと厚みを増してきた。とくに社会的企業については、欧米のように、株式の投資促進制度も検討され、福祉分野の資金の流れも変わろうとしている。各地で開催される地域福祉の講演会やシンポジウムでも、地域で長く働き、実績をあげてきた方々が講壇に立ち、個別の事例が発表されるようになった。 まさに、地域の時代、現場の時代になったのである。
このような現場の時代の到来を期待していた者として、それを歓迎する一方で、危惧も抱くようになった。それは、あまりにも、関係者の関心が、個別の事例に偏りすぎていないか、ということである。これからもしばらくは、現場の時代が続くであろう。だからこそ、広いパースペクテイブから、個々の事例をもとに、制度改革を絶えず考究すること、つまり、現場の時代を超える理論研究が必要ではないか、とこの頃、考えている。
(生活経済政策2017年2月号掲載)