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明日への視角

それは福島の事故ではない

今井 照【福島大学行政政策学類教授】

 私は災害復興や被災者支援の専門家でもないし、もちろん原子力工学や津波工学とも無縁だった。ところが毎年3月11日が近付くと、たまたま福島に職場があるというだけで私のようなものにもコメントが求められる。特に2017年3月には広範囲にわたって避難指示が解除されたので、過去にもましてそういう機会が多かったような気がする。
 福島は安全と言っても危険と言っても的を外す。福島の話題に触れることはかなり面倒くさい。その隘路を抜けるためには現地を見るのが一番だとたくさんのツアーが企画される。特に東京電力は新聞や放送などのメディア幹部を中心に見学会を主催し、原発敷地内でも軽装で作業ができるようになったと喧伝した。確かに現場を見ることは大切だがそれは「事実」の一面にすぎない。現に原発周辺は国でさえも生活には危険とする帰還困難区域である。軽装なのはただ作業の時間や期間が限られているからだけのことだ。
 自然災害であれば、たとえば水が引き堤防が補修されたら避難指示が解除になる。しかし原発過酷事故は違う。完全に水がひくまで数十年から数万年を要する。まして壊れた堤防の穴は埋まっていないし、流れ着いた土砂の持っていき場もない。だから当面の間、避難を続けるという選択をした人に対しても事故の原因者が責任を持って生活を再建させる必要がある。ところが、その「加害者」の姿が見えない。避難指示の解除とともに、「加害者」であるはずの人たちによって一方的に「被害者」への支援や賠償が打ち切られていく。
 多くの報道は、福島の人は「かわいそう」「たいへん」、そんな中でも「がんばっている人がいる」というパターンが踏襲されている。事故の検証や責任の追及には目が向かず、福島を「自分たちとは違う」枠の中に閉じ込める。他人事だから「再稼働」を進めることができる。私たちが経験したあの恐怖や不安が何も生かされていないではないかと福島の人たちは感じる。だからさらにストレスがたまる。原発過酷事故は福島だけで起きたわけではない。控え目に言っても首都圏の災害だったはずだ。福島産の酒や農産物を買いましょうと言っている間は、原発過酷事故を無かったことにしたい人たちの思う壺ではないのか。

生活経済政策2017年4月号掲載