「へーんなのっていってやれ」(のん)
住沢博紀【日本女子大学名誉教授】
本来は衆議院選を書くつもりであった。しかしその背景にある加計学園問題で示された「忖度」がはびこり、パブリックなルールが軽視され企業不祥事が頻発する日本社会の閉塞状況について書きたい。
昨年末から、左翼からも右翼からも称賛され、共産党の市議も超党派の国会議員も上映会を企画した「この世界の片隅で」という、呉・広島の戦中の生活をえがいた、片淵須直監督のアニメ作品が大ヒットし、多くの賞を獲得した。おそらく100人の憲法学者の立憲主義擁護の論陣よりも、憲法の平和主義を多様な世代に浸透させたと思う。監督が何年もかけて当時の生活をリサーチすることで、観客はリアルにアニメが描く戦時生活を自分の体験として受け入れたのである。
しかし現実の日本社会は、トランプの「ポスト真実」よりも大きな虚構の中にある。アニメの主演女優のん(能年玲奈)は、事務所独立問題でテレビのキー局から干されている。それを見るとパワーの分布がわかる。SMAP解散騒動でも見られたし、小池劇場もそうであったが、東京発の主要メディアは、業界内ルールや狭い世界の「忖度」と大企業体制・ビジネスが結びつき、情報を作成・発信している。他方でLINE LIVE、SNSなど新しいメディアが台頭している。元SMAPの3人によるインターネット配信の「72時間ホンネテレビ」は、累計7200万人の視聴者数があり、既成テレビ局に大きなショックを与えた。のんを応援するJA全農いわては、約1484億円の取扱額を持ち、東京キー局に負けないCMを作成している。新旧メディア、中央・地方がせめぎあっている。日本社会ではなく、中枢東京の政官業システムや、大企業・メディが閉塞状況にあるわけだ。
2015年夏、安保法制に反対するシールズの若者たちは、国会前でラップに乗ったリズムで反対の声を上げ、大きな運動に広がった。24歳ののんは、11月22日に最初のCDをリリースした。そこでは「大人のルールってなんだよ、変だ。好きなものは好き、へんなものはへーんなのっていってやれ」とパンクロック調で歌う。若者の中でこの言葉が「忖度」社会への挑戦の言葉となれば、日本の閉塞状況は大きく変わる。変化はいつも若い世代の新しい言葉から生まれるのである。
(生活経済政策2017年12月号掲載)