シティズンシップ教育世代のドラマ
武田宏子【名古屋大学大学院法学研究科教授】
『Heartstopper(ハートストッパー)』は10代の性的少数者の恋愛模様に焦点を当てたイギリスのドラマである。2022年4月にNetflixで公開が開始され、5月半ばまでには54カ国でトップ10入りして短期間で世界的な大ヒットドラマとなった。2023年8月にはシーズン2が公開されている。
物語は、ラグビー・チームの主将(つまり、女の子にモテるタイプ)のニックと、学校内でゲイであることが知られていたチャーリーの恋愛関係を軸に展開する。チャーリーに惹かれたことをきっかけに、ニックは自分のセクシュアリティと向き合わざるをえなくなるが、バイセクシュアルであると自認した後は、ボーイフレンドとなったチャーリーと誠実に向き合って親密な関係を築き、維持しようと日常生活の様々な局面で真摯に奮闘する。そうしたニックとチャーリーの恋愛は、レズビアンのカップル(タラとダーシー)やトランスジェンダーとシスジェンダーのカップル(エルとタオ)を含めた、ジェンダー・セクシュアリティのみではなく、人種・エスニシティの観点からも多様性に富んだ友だちサークルに支えられており、互いにサポートし合うことで心ないからかいや差別的な言動、いじめにはキッパリと対抗し、異議申し立てを行う。さらに、友人に対する不当な言動をやり過ごしてしまった場合は、しっかりと謝罪する。日本で言えば、中学3年生から高校2年生にあたる登場人物たちの言動に、自分が属するコミュニティに対して責任を果たそうとする「能動的な」構成員としての日常的な働きかけを見出すのは難しくはない。
『Heartstopper』はアリス・オズマンの漫画を下敷きにしており、ドラマ化に際して脚本を担当したのもオズマンである。1994年生まれであるオズマンは、1998年のクリック・レポートを受けて2002年に導入されたシティズンシップ教育を中等教育で受けた世代に属する。そういうオズマンによるドラマには「優等生すぎる」とか「肯定的すぎる」という批判が寄せられている一方で、世界的に、特に若い世代から圧倒的な支持を得ていることは、政治学的にも興味深い。
(生活経済政策2023年9月号掲載)