「格差」に触れず、「女性」も影が薄い
大沢真理【東京大学名誉教授】
10月24日に、高市早苗首相の初の所信表明演説が行われた。天の邪鬼な私は、演説の決めセリフ以上に、前任2者と見比べて、(あまり)使われなかった言葉に関心が向いてしまう。岸田演説では「格差」が一つのポイントになっていたが、高市演説には使われていない。また、石破演説では「女性」という語彙が12か所登場したのにたいして、高市演説では4か所にとどまった。
岸田演説によれば格差の拡大は、「新自由主義」がもたらした「弊害」の一つである。内閣の看板である「新しい資本主義」では、男女賃金格差の是正が提案された。石破演説では「女性活躍と女性参画」が強調され、「意思決定の在り方を劇的に変えていくため、社会のあらゆる組織の意思決定に女性が参画することを」めざすと述べている。また男女賃金格差の是正を、「引き続き喫緊の課題」と位置づける。
ひるがえって高市演説に「格差」は登場しない。ただし「物価高対策」の見出しのもとに、次のくだりがある。「税・社会保険料負担で苦しむ中・低所得者の負担を軽減し、所得に応じて手取りが増えるようにしなければなりません。早期に給付付き税額控除の制度設計に着手します」。「給付付き税額控除」は、下記のようにいわくつきの政策手段である。いっぽう高市演説の「女性」は、「女性の生涯にわたる健康の課題」という文脈にほぼ限られる。活躍も参画も、男女賃金格差の是正も登場しない。
石破内閣は骨太の方針2025で、「所得再分配機能の強化や格差の是正」を掲げた。骨太の方針の各版をさかのぼると、同様の語句が登場するのは、安倍内閣下の2017年版である。所得再分配機能の強化という課題が、石破内閣で再浮上したのは8年ぶりだったのである。日本の税・社会保障制度の特徴は、諸外国に比して所得再分配効果が低いことにあり、石破内閣の方針は真っ当である。
じつは第二次安倍内閣は、(給付つき)税額控除という政策手段を、民主党政権の政策とみなして、「全否定」していた。そうしたいわくつきの税額控除のみならず、金融所得課税や法人課税も含めて、所得再分配機能の強化、つまり「格差」の是正に正面から取り組むのか。男女賃金格差をどうするのか。それこそが高市内閣に問われている。
(生活経済政策2025年12月号掲載)
